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福岡高等裁判所 昭和48年(う)403号 判決 1975年1月27日

被告人 藤田密昇

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

ただし、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。

原審およば当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人が差し出した控訴趣意書および弁護人赤沢敬之が差し出した控訴趣意補充書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

本件控訴の趣意は要するに、原判決は、諸鹿京子所有名義の別府市大字別府野口原三〇八四番の二の山林ほか三筆の山林について、永留信孝が分筆登記の申請手続を行つた事実を認めるとともに、被告人がビラを貼布した本件行為が、福岡相互銀行の名誉を毀損したものと認め、刑法二三〇条の二に関する弁護人の主張を排斥して名誉毀損罪の成立を肯定したが、右は事実を誤認し、かつ刑法二三〇条の二の解釈適用を誤つた違法があるものである。すなわち、右四筆の土地の分筆登記の申請手続を行つた者は、当時の登記上の所有名義人であつた福岡無尽株式会社(現在の株式会社福岡相互銀行)であつて、永留信孝ではない。右四筆の土地の登記の記載を信頼してその所有権を取得した諸鹿京子が、右土地の所在が判明しないため、右土地は昭和四三年五月当時において既に一八〇〇万円の価値を有しており、同人は生活に窮するようになり困惑していたので、同人の依頼で被告人は自らその所在を調査したが判明しないので、分筆登記を行つた株式会社福岡相互銀行に対し右土地の調査と説明を求めたが、同銀行の管理課長寒倉邦人は、分筆当時の関係者が死亡しているうえ当時の書類は残つていないので実情は判らない、判決(被告人が寒倉邦人に渡していた若林馨外一名と別府市間の所有権確認請求控訴事件の判決)によると永留信孝が分筆したことになつているので同銀行に責任はない、と一切の回答を拒否したのである。右土地の存在が不明なため諸鹿京子が困惑に陥つたのは、株式会社福岡相互銀行(その前身である福岡無尽)のなした前記分筆登記ならびに永留信孝に対する右土地の所有権移転に基因していることが明かであるので、被告人は、かような不幸な事態が発生しないよう一般大衆の啓蒙のため事実を公表したのが本件行為である。原判決は、刑法二三〇条の二の適用を排除しているが、右四筆の土地が、本件行為当時一八〇〇万円の価値を有することは真実であり、この点の証明は尽されている。銀行業務の公正な遂行は、一般公衆の利害に多大の関係を有し、銀行の担保権の実行とその後の処理およびこれに関する利害関係人に対する応待の態度は、まさに公共の利益に関する事実といわねばならない。被告人は株式会社福岡相互銀行の態度から公衆の利益のため警告する必要を痛感し、専ら公益を図る目的をもつて行動したものである。しかるに、原判決はこれらの事実を誤認し、かつ本件行為の違法性は阻却されるものであるのに、刑法二三〇条の二の解釈適用を誤つた違法があり、破棄を免れ難い、というのである。

よつて記録ならびに証拠を精査し、当審における事実取り調べの結果をも参照して検討することとする。

原判決が認定した罪となるべき事実の大要は、株式会社福岡相互銀行が競落によつて所有権を取得した後、永留信孝に転売し、同人が分筆登記をした後さらに転売し、諸鹿京子が所有権となつた別府市大字別府野口原三〇八四番の二の山林ほか三筆の山林合計一反九畝二五歩の所在および境界等が不明であることを聞知した被告人は、同銀行に対し右土地の所在および境界等の明示を求めていた。その後被告人は昭和四三年五月二三日右山林全部について所有権移転請求権保全の仮登記を受け、同年五月下旬、六月下旬と同銀行に対し重ねて回答を求めたが、同銀行がこれに応じなかつたことに憤激して、同銀行の態度を誹謗する文書を公衆の目にふれる場所に貼布しようと考え、同年八月二〇日ころ大屋印刷に依頼して「銀行性悪説、その筆頭……偽瞞の殿堂福岡相互銀行」の見出しで「◎あなたの土地は大丈夫か、千八百万円の土地が消えていた、◎悪ブローカーも顔負け天も恐れぬその非情(原判決に「非常」とあるは誤記と認める。)の所業を今ぞ暴露、◎十三億のカゲでうそぶく鬼の横顔はこうだ」と、ことさら世人をして同銀行が不正な手段により一八〇〇万円の架空の土地を譲渡していた悪徳銀行であるかのような疑をいだかせる内容のビラを印刷し、同月二四日ころ右ビラ約四三〇枚を福岡市中央区天神一丁目付近繁華街の電柱等に貼布し、公然事実を摘示して同銀行の名誉を毀損した、というものであり、さらに弁護人の主張に対する判断として、判示事実は、公共の利害に関する事実に係るものとは認められず、また、その目的専ら公益を図るに出たものとも認められないから、弁護人の主張は採用しない、との判断を示している。

ところで、原判決挙示の証拠を総合すると、被告人が昭和四三年七月下旬ころ、別府市中央町六番一号の別府公論本社において「観光別府近日発売、特報」の見出しで「銀行性悪説、その筆頭……◎あなたの土地は大丈夫か千八百万の土地が消えていた◎悪ブローカーも顔負け天も恐れぬその非情の所業を今ぞ暴露◎十三億のカゲでうそぶく鬼の横顔はこうだ……」との内容のビラの原稿を作成し、同市南石垣町所在の大屋印刷にその印刷を依頼し、同年八月二二日ころビラ約一〇〇〇枚の印刷が出来上つたので、同月二三日夕刻ころ右ビラや糊、バケツ、手箒等を乗用自動車に積み込み、被告人自らこれを運転し別府市を出発して福岡市に至り、同月二四日午前五時ころから午前七時ころまでの間に、同市中央区天神一丁目の電車通り等繁華街の電柱等通行人の目につき易い場所を選んで右ビラ約四三〇枚を貼布したことが認められ、右ビラによる掲示は、掲示の態様、ビラに用いられた文言の内容から、公然事実を摘示して株式会社福岡相互銀行の名誉を毀損するに足るものであることはいうまでもない。

そこで、右行為が果して、(一)公共の利害に関する事実に係るものであるか否か、また、(二)行為の目的が専ら公益を図るにあつたものであるか否かを検討する。

先ず、(一)の点については、原判決挙示の証拠によると、被告人は、昭和四一年一二月下旬ころ、前記別府公論本社において、諸鹿京子から同人所有名義の別府市大字別府野口原三〇八四番地の二山林一反四畝一〇歩、同三〇八五番の二山林四畝一五歩、同三〇八六番の三山林二五歩、同三〇八六番の四山林五歩合計一反九畝二五歩(以下、この四筆の山林を本件土地と称する。)の所在が明確でなく、同人の夫も死亡して困つているので、その調査ならびに交渉を依頼され、爾来被告人は本件土地について登記関係や関係人について調査を進め、諸鹿京子の前所有者で同人の叔父に当る若林馨(当時既に死亡していた。)の家族、若林の前所有者牧野住宅株式会社、その前所有者永留信孝らについて事情を聴取したところ、本件土地を含む分筆前の三筆の山林はもと花木正夫の所有であつた当時、株式会社福岡相互銀行の前身である福岡無尽株式会社の大分油脂株式会社に対する債権を担保するため抵当権が設定してあつたが、福岡無尽株式会社がその抵当権を実行し、自ら右山林を競落してその所有権者となつた後、右各山林を一括して永留信孝に売り渡し、本件土地を各分筆登記がなされた後、本件土地について同人に所有権移転登記を行ない、次いで永留信孝も本件土地を第三者に譲渡し、転々と若林馨、諸鹿京子へと譲渡されたが、永留信孝の所有当時から土地の境界について別府市との間に紛争を生じ、若林馨らが所有名義人であつた当時、同人らと別府市との間で土地所有権確認請求事件として争われたが、結局若林馨らの敗訴に終わり、その後本件土地の存在は不明の状況になつていた一部の事情が明かとなり、さらに永留信孝の説明によれば右分筆登記は福岡無尽株式会社が登記申請手続を行つたというので、株式会社福岡相互銀行の調査ならびに説明を求めるべく、被告人の仲介で諸鹿京子から大阪市北区樋上町六四の大三ビルに事務所を有する南政雄弁護士に委任し、同弁護士から昭和四二年一〇月以降二回に亘つて株式会社福岡相互銀行本店に本件土地の所在が不明であるので、その所在等について調査ならびに回答を求めたが、同銀行からは何等の通知もなかつたので、同年一二月一四日ころ被告人自身福岡市に株式会社福岡相互銀行本店を訪れ、管理課長代理に面接して、本件土地に関する南弁護士からの照会の回答を求め、さらに同月一六日再び同本店を訪れて管理課長寒倉邦人に面接して同様回答を求め、その際被告人から同課長に対し前記若林馨らと別府市間の土地所有権確認請求事件の判決書を手渡したが、同課長は分筆当時の担当重役が既に死亡し、分筆当時の書類も無いので、後日回答し度いということで面談を終り、さらに、被告人は同月一八日三たび同銀行を訪れ寒倉課長と面接したが、同課長は、右判決の理由中に、永留信孝が分筆登記をした旨判示されていることを楯にして、分筆登記をしたのは永留であつて、株式会社福岡相互銀行には責任はないというだけで、回答を拒否する態度を固執したので、被告人はやむなく同日付、昭和四三年一月二七日付、同年二月一八日付の各手紙をもつて、同銀行代表取締役四島一二三に宛て本件土地の所在ならびに境界の明示を求めたが、同銀行からは何等の回答も得られなかつたことが認められる。

しかして、福岡高等裁判所昭和三三年(ネ)第六八七号土地所有権確認請求控訴事件の判決、原審証人永留信孝の供述によると、本件土地を含む別府市大字別府野口原三〇八四番、同三〇八五番、同三〇八六番の三筆の山林は、橋本才輔から山本花枝へ、さらに花木正夫へと順次所有権が譲渡され、山本花枝が所有者であつた当時の昭和一四年ころ、同人と隣地の所有者である別府市との間に、右三筆の土地の南側境界線を協定し、次で花木正夫が所有者であつた当時の昭和二〇年ころ、同人において南側境界線上に高さ六尺程の石塀を設置し、昭和二六年五月一五日福岡無尽株式会社が前叙のごとく右三筆の山林を競落してその所有権者となりその旨の登記を経由し、その後同無尽会社の担当重役栢野恒四から大分油脂株式会社の清算人をしていた永留信孝に対し工場建物の収去について交渉があつた際、右三筆の山林を永留信孝が代金九〇万円で買い取る売買契約が成立し、昭和二八年二月六日右三筆の山林をそれぞれ分筆した結果、本件土地が四筆の山林として新たに独立に登記されるとともに、分筆登記後本件土地について永留信孝名義の所有権移転登記を経由したこと、さらに本件四筆の土地は分筆登記の際いずれもその存在位置は前叙の石塀の南側にあつて、北端を石塀に接するものとして、その登記手続が行われたものであること等の事実が認められる。当審証人永留信孝の供述中、大分油脂株式会社の工場敷地であつた土地のほかに、右石塀の南側の土地をも福岡無尽から買い取つた旨述べている部分はたやすく措信することはできないところであり、他に右認定を覆し得る証拠は存在しない。右認定の所有権の移転の経過ならびに所有権移転登記および分筆登記の行われた時期等の関係から、前叙の分筆登記の申請手続は当時の所有名義人福岡無尽株式会社によつて行われたものと認められる(当時の不動産登記法七九条―現行の同法八一条の二第一項―参照。もつともこの点については、前記土地所有権確認請求控訴事件の判決には、理由中の判断として、永留信孝が分筆登記を行つたもののごとく判断が示されているけれども、この点の判断は、いわゆる争点中主要事実についての判断ではなく、前提問題たる係争土地の来歴に関する間接的経過的事実で、しかも分筆登記が行われたことに意味があつたのであつて何人の登記申請にかかるかはさして重要視されなかつたため恰も永留信孝が分筆登記の申請手続を行つたものの如く判示されたものと解される。)。

以上のごとき本件土地の由来にかんがみると、本件土地の所在が不明となつたのは、株式会社福岡相互銀行の前身たる福岡無尽株式会社の行つた分筆登記申請手続における現地の正確な調査を欠いた手続上の瑕疵に基因するものと推認されるところであつて被告人が株式会社福岡相互銀行に対し本件土地の存在と隣地との境界等の明示を求めたことは正当な措置といわねばならない。

銀行(相互銀行を含む)等金融機関の行う業務は一般的に手堅いものとして社会一般からの評価を受けていることは公知の事実であり、その評価を背景にして銀行等金融機関の行う業務の遂行には極めて高い信頼が寄せられており、(相互銀行法一条参照)たといその行為が付随的業務に過ぎない分筆登記であつても異る道理はない。従つて、かような金融機関の行う業務の遂行が、本来の主たる業務であると、または従たる業務であるとに関りなく公正に行われると否とは公共の利害に関係があるものといわねばならない。

次に、本件土地は、登記上存在するに過ぎないもので、実際の土地は存在しないため、真実の取引価値は定められないが、また分筆登記手続の際示された書類上の位置に対応する実際の場所は道路や墓地であることが推認されるので、これまた取引価額を知る由もないが、その附近の住宅地に準じて考えれば本件当時少くとも一八〇〇万円位の価額を有していたものと推測される。従つて本件ビラに使用された文言のうち「千八百万円の土地が消えていた」との表現は真実に合致していたといい得るものの、その他の「偽瞞の殿堂、悪ブローカーも顔負け天も恐れぬその非情の所業、十三億のカゲでうそぶく鬼の横顔」の表現は、誹謗に亘るものであつて、公共の利益のため必要とする限度を遙かに逸脱するものであり、全体としてこれをみるとき、公共の利害に関する事実と認めることはできない。

次に、(二)の点の、本件行為の目的が果して専ら公益を図るにあつたか否かの点に検討を進めると、原判決挙示の証拠によると、本件土地の登記簿には、昭和四三年五月二三日被告人のために所有権移転請求権保全の仮登記がなされていることが認められる。ところで被告人は司法警察員の取り調べに対し、諸鹿京子が仮登記をしたものであり、被告人には本件土地を自分のものにする考えは毛頭ない旨を述べ、また原審公判廷において仮登記の事実は知つているが諸鹿京子が独断で行つたものである旨を述べており、また諸鹿京子の司法警察員に対する供述によれば、同人が謝礼の意味で被告人名義の所有権移転請求権保全の仮登記を行つた旨述べているけれども、他方また被告人は司法警察員の取り調べに対して、昭和四三年五月下旬ころ(仮登記の時期と略一致する。)株式会社福岡相互銀行の本店を訪れた際同銀行の係職員に対し、「諸鹿さんの山林は自分が買うようにしている。」旨告げているのであつて、この事実と仮登記の事実を総合すると、少くとも被告人が本件土地につき所有権移転請求権保全の仮登記をなした当時、既にその事実を熟知していて、かつ仮登記権利者たる地位を取得したことによつて、本件土地の存否につき直接的かつ正当な利害関係を有する者として、株式会社福岡相互銀行に対する交渉を有効適切ならしめようとした意図が存在していた事実を推認し得るところである。しかるときは、被告人が本件行為をなすに当つて、公益を図る目的がなかつたとはいい得ないにしても、それが主たる目的ないし動機であつたとはいい難く、寧ろ、私的利益擁護の企図が主たる目的ないし動機であつたと判断せざるを得ないのであつて、本件行為の目的が専ら公益を図るためのものであつたとは認め難いところである。

従つて、本件行為については、違法性阻却事由は認め難く、名誉毀損罪の成立することはも早や否み得ないものといわねばならない。

しかるときは、原判決に事実誤認ならびに刑法二三〇条の二の解釈適用を誤つた違法があるとして、その破棄ならびに無罪を主張する本件控訴の趣意は、理由がないものといわねばならない。

しかしながら、被告人の事実誤認の所論のうち、本件土地の分筆登記申請手続をなした者は、株式会社福岡相互銀行(その前身福岡無尽株式会社)であつて、この点原判決が、永留信孝をもつて右分筆登記手続の申請者と認めたのは、事実の認定を誤つたものと指摘したことは、正鵠を得たものといい得るところであつて、この点の事実誤認は刑の量定上重大な影響を及ぼすものと思料されるところであるが、本件控訴趣意には刑の量定の当否の主張は包含されていないので、以下この点について職権をもつて原判決の当否を判断することとする。

本件犯行の原因ならびにその動機は、本件土地の存在が不明であつたため、被告人が、本件土地の分筆登記の申請手続を行つたのは株式会社福岡相互銀行(その前身福岡無尽株式会社)であると信じ、同銀行に調査してもらえば事態が判明すると考え、同銀行に本件土地の存在についてその調査と回答を求めたのに対し、同銀行はさしたる調査もしないで、分筆登記手続を行つたのは永留信孝であつて同銀行には責任はないとして回答を拒否したことから、被告人がこれを不満に思うとともに同銀行の態度に強い不信感をいだき、この感情が本件犯行を企図するに至らしめた一半の動機(前叙の私的利益の擁護の企図が動機の主たる部分を形成している。)となつたものであることが認められる。

しかして、前叙のごとく本件土地は実際には存在せず、只架空の登記のみが存在し、そのため架空ながらも登記が存在することによつて、恰もその登記が表示する土地が実在するかのごとき外観を与えており、この登記を信頼し登記に対応する土地は実在するものとして数次に亘り取引が反覆された結果、本件犯行当時には既に諸鹿京子が登記上の所有名義人となつていたもので、かように取引の安全を害し、登記を信頼して取引を行つた者に対し不当に財産上多大の損害を蒙るに至らしめたその大半の原因が、前叙の不当な分筆登記の申請手続にあつたものと推認される以上、この登記申請手続を行つた者が原判決認定のごとく永留信孝であつたのであれば、株式会社福岡相互銀行が自己に責任はないとして調査ならびに回答を拒否したことに対し、何人といえどもこれに非難を加え得るものではないけれども、前叙のごとく右分筆登記申請手続を行つた者が同銀行の前身福岡無尽株式会社であつてみれば、事情は自ら大きく一変するのであつて、同銀行の前身が自ら不当な分筆登記申請手続を行つたことから、これにより実体を伴わない架空の登記を生ぜしめ、その結果取引の安全を著しく害するに至らしめたことについて、同銀行に何等非難されるべき点はないとはいい得ないのであつて、被告人から調査と回答を求められながらたとい当時の当該事務の担当重役栢野恒四が既に死亡していた事情があつたにしても、調査らしい調査もしないで自己に責任はないとして、冷やかに回答を拒否した同銀行の態度には、著しく信義に悖り穏当を欠くものがあつたことは否めないところである。被告人が同銀行の措置を不満とし、その態度に強い不信感をいだいたことに非難を加えることは相当とはいい難い。株式会社福岡相互銀行の右のごとき態度には非難されても致し方のないものがあるが、さればといつて、不当に同銀行の名誉を損うことは許されないところであつて、本件犯行について、違法性ならびに非難可能性(責任)の残るのはこの故にほかならない。

以上のごとき事情を被告人が長年僧侶として社会の教化に貢献しており、前科もないなどの情状に加えて勘案するときは、原判決の刑は著しく重きに過ぎ不当というほかはなく、破棄を免れ難いものといわねばならない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し同法四〇〇条但書の規定に従いさらに自ら次のごとく判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四三年八月二四日ころ、福岡市中央区天神一丁目付近において「観光別府近日発売、特報」の見出しで、「銀行性悪説、その筆頭、……◎あなたの土地は大丈夫か千八百万の土地が消えていた、◎悪ブローカーも顔負け、天も恐れぬその所業を今ぞ暴露◎十三億のカゲでうそぶく鬼の横顔はこうだ……」と印刷したビラ約四三〇枚を、繁華街の電柱等通行人の目につき易い場所を選んで貼布し、もつて公然事実を摘示して福岡相互銀行株式会社の名誉を毀損したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、行為時において刑法二三〇条一項昭和四七年法律六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条に、裁判時において刑法二三〇条一項改正後の罰金等臨時措置法三条に該当するが、犯罪後の法律により刑に変更があつた場合に当るので刑法六条一〇条により軽い行為時の刑によることとし、所定刑中罰金を選択し、その所定金額の範囲において被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは同法一八条により金一〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、犯情刑の執行を猶予するのを相当と認めて、同法二五条一項、改正後の罰金等臨時措置法六条により本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとし、原審および当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文の規定に従い全部被告人の負担すべきものとする。

(原審弁護人ならびに当審弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の本件行為は、公共の利害に関する事実にかかり、かつ専ら公益を図る目的をもつて行つたものであつて、しかも事実について真実であることの証明があつたのであるから、違法性を阻却されるべきものである旨主張するが、前叙のごとく本件ビラに用いられた文言の趣旨は一部真実を含むけれども、その他は誹謗に亘るもので、公共の利益のため必要とする限度を超え、公共の利害に関する事実とは認め難く、また本件行為の目的が専ら公益を図るためのものであつたとも認め難いので、右の主張は採用し難い。

よつて主文のように判決する。

(裁判官 藤野英一 真庭春夫 松本光雄)

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